しあわせとか生きがいとか、そういうことについてよく考えてる。

「自己効力感」に生きがいを持ってくることは不幸のような気もするけど、「効力感」さえあればいいのならそうでもないのかな?と思う。

以前からなんとなくツイッターから距離を置きたくなってて、もう潮時だなって思った。

知人に

「その時は楽しかったんでしょ?だったらそれでいいじゃないですか」

って言われたことをふと思い出した。そういう時期もたしかにあったと思う。

人生って、一瞬でもしあわせだと思える瞬間があったのならそれで満足すべきなのかもしれない。

新宿のドンキホーテで地面がグラグラしだして、パニックになりそうになったのを思い出して悔しくなった。

「自分はしあわせになる権利がある」と強く思い込むようにする、べき。できれば。

自分なんかに愛されてもだれも愛されてると思わないに違いない。

誰かを大切にしたいという気持ちが行き場を失ってしまった。

今日は調子がいいので、少し投稿できた。

昼間もおかしくなりそうに何度かなるけれど、強い妄想がこのところ起きていない。

2014/8/13 深夜(時間不明)

突然恐怖で目が覚める。ものすごく暑い。汗だくになっている。這ってカーペットのあるところまで行く。恐ろしくてその場にふさぎ込む。扇ぐものを探す。じっとしてもおられず、部屋を這いまわる。少しだけ水を飲む。トイレに行きたいが、トイレにいくのが怖い。しばらくして少し衝動が治まってきたので、トイレにいく。トイレにいるとまた少し不安になってきたが、トイレを出ると多少は良くなってくる。水をもういっぱい飲む。気持ちが落ち着いたので再び眠った。この夜はうまく眠れなかった。